「とりあえず、飲み物頼んでから、色々お話しましょう。小腹も空いていますし。」
「乾杯!」
みなさん、ミステリードラマなどで「犯人はこの人だな」と目星をつけていたけど、実のところ、その人は全然違っていた…。
みたいな経験ありますか?
風貌や仕草、言動まで、明らかに犯人だと思っていたけど、違ったみたいな経験。
私はあります。
一番偉いであろうソッチ系のオーラが漂う初老男性の乾杯音頭で始まった宴。
目の前には、超高級そうなネタの寿司。
お皿と箸はあるけど…取れるわけねぇ!
昨日から緊張して、朝から何も食べてなくて、めちゃくちゃ空腹なのに。
緊張を解くには、酔いしかないと思い、空腹なのにビールを飲む。
風俗店のオーナーと反社の方々が楽しそうに別件の話をされているのを興味津々で聴いている素振り。
笑顔になったり、相槌したり。
今思い出しても、なんの話か全く覚えていないし、とにかく寿司が食べたかった記憶。
誰も手をつけないお寿司。
そんな時、リュックを背負い、パーカーを着た同年代で明らかにオタク寄りの男性が一言。
「寿司食いたいわ」
と声を発した。
真の偉い人
その声を聞いた瞬間、一番偉いと思っていた初老男性と一番いかつい若い男性が即座に立ち上がり、行動を始めた。
「いつものネタでいいですか?」
初老男性はパーカー男性に問う。
「うん。アノニさんにも入れてあげなよ。この状況で自分で取りづらいでしょ(笑)」
初老男性が取り分け始めると、息のあったタイミングでいかつい男性が箸と皿を持ち、
「アノニさん、何がいいですか?」
と問いてきた。
さすがに手を煩わすわけにはいかない。
あ、自分で取るんで大丈夫ですよ。
お気遣いありがとうございます。
そう言って、自ら好きなネタを選んでお皿に運んだ。
ただ、友人と食べるわけではないので、遠慮がちにだが。
完全空腹にビールでホロ酔い状態ではあったが、ここで、ようやく食事を摂ることが出来た。
どこの寿司屋のだろう…
めちゃくちゃ美味い…!
今思い出しても、とんでもなく美味しかった記憶がある。
寿司を堪能しながらも、何かの違和感を覚える。
初老男性といかつい男性がパーカー男性のために手拭きやわさびを用意するなど。
とにかく徹底してパーカー男性のサポートをしているのだ。
まるで体育会系の部活でよく見る、先輩に対する下級生の如く。
そして気づく。
もしかして、このパーカーの人が一番偉い人か!?
でも、両手小指もあるし、ソッチ系には見えない…!
戸惑いながらも、もう少し観察することにした。
なぜなら、勝手に決めつけて、対応してしまうと、マズイことが起きそうなことは予期出来たからだ。
とりあえず、今はこの高級な美味しい寿司を食べておこう。
もう人生で二度と食べられないかもしれない…。
雑談も交えながら、食事の時間が終わると、パーカー男性が
「アノニさん、それでどんなことしたいって話なん?」
ようやく本題が始まった。
すぐに持ってきたバッグから資料を取り出し、
軽くですが、やりたいことまとめてきたので、読んでいただきながら、ご説明させてもらいます。
そう言って資料を配った。
資料を手に取り、パラパラと軽く目を通したパーカー男性が言う。
「絶対、仕事出来る人だね、アノニさん。こんなの作ってくる人、初めてだよ。」
とパーカー男性が言うと、それに初老男性も合わせて答える。
「はい、そうですね、初めてですね。すごいです。」
ありがとうございます!
では、説明に入らせていただきます。
感謝の意を述べた後、補足なども踏まえて、資料の説明を始めた。
一通り質疑応答し、この恐怖のプレゼンは終わった。
1週間前からとにかく緊張していたことがようやく終わったのだ。
ホッとしているとパーカー男性が口を開く。
「仕事出来る人だと思うから、はっきり言うけど、この試算の通りにはいかないと思うよ。アノニさん。風俗の世界ってそんな甘くないから。後で分かると思うけどね。色々なしがらみあるし、金のない店がほとんど。それでもチャレンジするなら、やってみればいいと思うよ。」
その言葉に風俗店のオーナーも大きく相槌を打っていた。
え?お金ないの?
ありそうな世界なのに?
かなり困惑したのを覚えている。
でも、ここまでやって、引き下がるわけにはいかない…!
はい、やります!
生活かかってるんで、一生懸命やろうと思います!
早速、明日から取り掛かって、良いモノを作りたいと思います!
ビシッと立ち上がって、深くお辞儀を交え、大きな声で返事した。
皆さんからは拍手と声援をいただいた。
そして、パーカー男性から、
「儲かったら、期待してるよ」
と謎の言葉を賭けられた。
その時は、なんのことか全く分からなかったが、後にこれがよく話題となるアノお金のことだったのだ。
「よし!じゃあ、次の店行こう!」
とパーカー男性が言うと、店長が呼ばれ、伝票が運ばれる。
見るつもりは一切なかったが、目の前だったこともあり、チラッと見えてしまった。
数十万円…!
飲みに出て、見たこともないような金額…
割り勘とか言われたら、ヤバイよ…!
心の中で慌てふためいていた。
初老男性が伝票を受け取り、金額を確認すると、かばんから封筒を取り出す。
封筒から札束を取り出し、数えながらバインダーに乗せ、挟んで店長へ渡した。
「ありがとうございます!ごちそうさまです!」
風俗店のオーナーが言うので、それに追従して、お礼を言った。
ありがとうございます!ごちそうさまです!
皆が立ち上がり、部屋を出る。
自分は最後尾で部屋を出ると、従業員たちがモーゼの十戒のように列をなし、頭を下げ一斉に声を出す。
「ありがとうございました!」
高級店とかでは、普通のお客さんにもそういう接客するところもあるかもしれないが、明らかに異質な光景だった。
映画の世界に入った気分になるほどの光景。
店を出て、道路に出ると、目の前には、高級車2台がハザードを点灯させ、前付け。
初老男性に促され、2台目の後部座席に着座する。
そして、車は発進し、宴の舞台は、人生初の高級キャバクラに移ることになる。